HOME > 法律コラム > 多発する認知症事故とその責任問題を弁護士が解説
認知症状のある人が徘徊をして列車に轢かれ、遺族に多額の賠償命令が出たというニュースを度々見かけませんか?
列車事故に限らず、窃盗など他の事例でも家族の監督責任とされる場合があるようです。
今回は、認知症高齢者による事件事故に対して、誰が責任を負うのかなどを星野弁護士にお聞きしました。
まず,認知症でない場合には,行為をした本人が不法行為責任を負いますので,たとえ金銭的な賠償が困難な状態(無資力)の高齢者であっても,配偶者や親族,同居人,入居する介護施設運営者が代わりに責任を負わされることはありません。
この場合,本人に不法行為に基づく賠償責任が課されます。本人に賠償能力がなければ,被疑者は法的に責任を追及できても,事実上賠償を受けられません。
他方,認知症の影響で列車事故や窃盗をした場合,民事上の責任無能力者であると判断される可能性が高いでしょう。そうすると,民法713条が規定している「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者」として,本人は民事上の賠償責任を負いません。
本人が責任無能力と判断された場合,本人を監督する義務がある者は,監督義務を怠っていない場合でない限り,損害賠償責任を代わりに負うことになります(民法714条)。
認知症患者の遺族に賠償責任を認めた名古屋地裁の裁判例(控訴中のため未確定)は,本人の責任能力が無いと判断し,同居の妻と別居の長男に監督義務違反に基づく賠償責任を認めたものです。
したがって,本人に責任能力(事理弁識能力)がある限り,金銭支払いが困難であっても本人以外の者が責任を負うことはありませんが,本人が責任無能力である場合には,親族に賠償責任が課せられる可能性があります。
列車事故の場合も,高速道路での交通事故の場合も,基本的には事故態様に応じて過失割合が決まりますので,どちらの場合も100%高齢者に過失があるとは限りません。
あくまで具体的な事故状況によって判断されます。
ただ,列車事故の場合には,高齢者が線路に侵入していて運転士がそれに気づき,ブレーキをかけて容易に停止できたのに過失により停止が遅くなったような場合や,ホームに傾斜があって線路に転げ落ちやすくなっていた場合,あるいは踏切の警報機が故障していたような場合でない限り,鉄道事業者の過失は通常ありませんので,高齢者の責任が多く認められることになるでしょう。
他方,高速道路への侵入はそれ自体高齢者の大きな過失ですが,列車よりも車の方がブレーキをかけて停止することは容易ですから,車の運転者側の過失の方が大きくなることも十分考えられます。
ただし,一般道路での事故よりは高速道路に進入した被害者高齢者側の過失相殺が認められやすくなると考えられます。
刑事事件では,心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で,一定の重大な他害行為(殺人,放火,強盗,強姦,強制わいせつ,傷害)を行った者について,裁判で無罪もしくは検察官が不起訴にした場合,医療観察法に基づく治療を受けさせるために,最大3か月の鑑定入院及び裁判所の審判に基づく強制的な入通院命令を出す制度があります。
この制度は,刑事上の責任無能力下で,一定の重大な他害行為を行った者が対象ですが,認知症の場合にも刑事上の責任無能力と判断されることは十分ありえます。
したがって,認知症の高齢者が,殺人や強盗,傷害などの罪を犯した場合で,無罪や不起訴となった場合には,検察官の申し立てにより,裁判所の審判を経て強制的な入通院命令が下される可能性があります。
弁護士 星野宏明(東京弁護士会)
千葉県立東葛飾高校 卒業
早稲田大学法学部 退学(大学院飛び級のため)
慶應義塾大学大学院法務研究科 修了
北京大学へ語学留学(中国語による業務可能)
敬海法律事務所(中国広州市)にて実務研修
弁護士法人淀屋橋・山上合同 勤務を経て独立開業
星野法律事務所 共同代表
事務所HP:http://hoshino-partners.com/
一般企業法務,顧問業務,中国法務,不貞による慰謝料請求,外国人の離婚事件,国際案件,中小企業の法律相談,ペット訴訟等が専門